2014年5月10日

それぞれの伊藤禎樹さん

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『伊勢湾地域古代世界の形成(1)』には、3編の解説がある。それぞれの執筆意図を超えて、そこに表象されいるものは何か。同書の編集を実質的に担った小林義孝さんの解説タイトル「「市民考古学」の達成(2)」の、「市民」と「考古学」をキイワードにして考えてみた。

まず、中里信之さんの「名古屋の古墳時代研究と「尾張の大型古墳」(3)」は、「考古学」の単純である。そして、「市民」の不在が、同論文の思想性の欠如、論理の倒錯に影を落としているように見えた。たとえば伊藤さんは、岡本孝之の所論(1974年)に接し、自身の研究で「闘争」を鮮明にしていった旨陳べているが(4)、「尾張の大型古墳」(1972年)においてもこの質は懐胎されていたと見るべきで、そうした弁証法が中里さんの解説には失われている。また、「尾張の大型古墳」が都出比呂志の「前方後円墳体制」に通じているのではなく、「前方後円墳体制」が「尾張の大型古墳」に通じているのである。両者は、広義のマルクス主義歴史学のうちにあって親縁関係を有するが、先後関係からすればこのように言うべきであった。伊藤さんの言う「闘争」に、「前方後円墳体制」が通じているか否かの問題が等閑視されていることは、言うまでもない。

惟うに、中里さんの主眼は、物質的には伊藤さんにありながら、精神的には同業の職業考古学研究者にあったのであろう。諸説の、批評なき羅列、八方美人かつ総花的整理であり、自己の営業としては正しい。ちなみに、文末近くで拙著にも触れるが、校正の途上で文献注とともに挿入されたもので、当初の「思いつくままに」には含まれていなかった。このことも、同業者向けの印象を支えている。ことほど左様に、考古学をなりわいとしていない私なのである。「見直し(5)」ももとより存しなかったのだから、正しく忘却せよかし。(濠状遺構にまで動員された)ピエール・ノラも不要である 😀

小林さんの「市民」「考古学」と、私の「「大衆の考古学」を記念する(6)」のキイワード「大衆」「考古学」は似かよっている。

ところで拙稿は、入稿時「「尾張の大型古墳」のころ」というタイトルであった。しかし、初校が出た際、中里さんの解説タイトルに「尾張の大型古墳」を含むことがわかり、この重複は私の編集戦略一般に照らすと禁忌すべき事象であったため、拙稿のタイトルを現行のものに変更した経緯を有する。もとより同書の編集方針は、著者の伊藤さんと編者たる小林さんのうちにのみ存したため――唯一私が提案したのは「中里さんに解説を書いてもらったら?」だったが、これが採用されたことを知るのも上記初校のときであった――、それを推量しながら処していったというのが実際であり、実にスリリングな体験であった。

閑話休題。小林さんの「市民」は、自身の投影であろう。この3月に定年退職し、爾後はNPO法人摂河泉地域文化研究所で、これまで以上に市民活動を展開されんとする矜持が感じられる。実に未来的である。私の「大衆」も、私自身の投影として見れば、博物館史研究をおこなってきた経験の延長と言える。この構制を手がかりに、考古学批評すなわち考古学の理論と実践の弁証法を進めるという意味で、やはり未来的となる。中里さんの、職業考古学コロニー向け営業も、未来的であった。三者は、伊藤さんを介して、自身の未来を象徴的に表象していたのである。

「それぞれは、それぞれの未来で、「闘争」せよ」と、いたずらっぽく笑いながら告げる伊藤さんが見える。

  1. 伊藤禎樹『伊勢湾地域古代世界の形成』、株式会社アットワークス、2014年3月20日。
  2. 小林義孝「「市民考古学」の達成」、同書、380-388頁。
  3. 中里信之「名古屋の古墳時代研究と「尾張の大型古墳」、同書、395-402頁。
  4. 伊藤禎樹「はじめに」、同書、8-10頁。
  5. 中里信之、前掲論文、400頁。
  6. 犬塚康博「「大衆の考古学」を記念する」、伊藤禎樹、前掲書、389-394頁。
2014年5月3日

昭和堂書店

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昭和堂書店の書皮
▲ 昭和堂書店の書皮

伊藤禎樹さんが経営されていた、昭和堂書店の書皮にくるまれたこの本は、井上清『「尖閣」列島―釣魚諸島の史的解明』の1972年初版本。私の体験はこの頃に集中している。原初的蓄積哉。

小林義孝さんが書いている。

筆者(小林)が、伊藤氏と邂逅したのは一九七三年、大学入学の直前であった。昭和堂書店の奥の棚にズラリと考古学の報告書が並んでいて少し眩しかったのを覚えている(1)

伊藤さんの書店で、考古学の報告書を買った記憶はない。高校生には高くて手が出なかった、というのが実際で、一般の図書をたまに買うくらいであった。

のちに、大学で同級となる山口卓也が、昭和堂書店で Star Carr の報告書があるのを見たらしく、感心していた。ずっと後、伊藤さんにそれを告げたら、いまも自宅にあるそうで、「なんだったら売ろうか?」といたずらっぽく言われたことがある。売れなかったということ。

ちなみに、私の「電車通り」という歌に出てくる「Star Carr」はこれに由来する。ただし、設定は異なっている。歌はフィクションである。

昭和堂書店のあった昭和ビルのことは、別のブログで触れた。
名古屋市電が走った街 今昔 2005年7月28日
昭和ビル 2005年8月4日
すべてが大人の世界だった。 2012年10月5日
階段下の三角形のトイレのことは書いていないが、不思議な空間だった。

  1. 小林義孝「「市民考古学」の達成」伊藤禎樹『伊勢湾地域古代世界の形成』、株式会社アットワークス、2014年3月20日、386頁。
2014年4月19日

戸坂潤

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 戸坂潤「科学の歴史的社会的制約」「科学の大衆性」のブルーコピー(1972年)
▲ 戸坂潤「科学の歴史的社会的制約」「科学の大衆性」のブルーコピー(1972年)

過日刊行された『伊勢湾地域古代世界の形成』に、次のようにある。

この運動の過程で昭和堂クラブと呼ばれる市民の学習会を催す。昭和堂書店を会場に岡本俊朗君、桜井隆司、犬塚康博君たちと戸坂潤の『日本イデオロギー論』などを輪読したのを憶えている(1)

『日本イデオロギー論』は記憶にないが、「科学の歴史的社会的制約」「科学の大衆性」は憶えているし、そのときのブルーコピーがいまも手許にある。『イデオロギーの論理学』のなかの二章で、齋藤宏さんが用意された。この学習の成果が、「見晴台発掘と僕達の考古学―「職人の考古学」←→「趣味の考古学」を止揚し、「大衆の考古学」を創造しよう!―(2)」である。

このほかに、フリードリヒ・エンゲルス『猿が人間になるにあたって労働の役割』、考古学研究会編『新しい日本の歴史』を読んだ。

なお、『イデオロギーの論理学』は以下で読める。
青空文庫
Kindle版

  1. 伊藤禎樹「あとがきにかえて―わたしの考古学」伊藤禎樹『伊勢湾地域古代世界の形成』、株式会社アットワークス、2014年3月20日、375頁。
  2. 「見晴台発掘と僕達の考古学―「職人の考古学」←→「趣味の考古学」を止揚し、「大衆の考古学」を創造しよう!―」伊藤禎樹・犬塚康博・岡本俊朗・小原博樹・斎藤宏・桜井隆司・村越博茂・安田利之『見晴台と名考会に関する問題提起-その2』、1972年11月26日、4-13頁。
2014年4月12日

マルクス主義歴史学の系譜

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1983年の岡本俊朗急逝後、2年をかけてつくった遺稿追悼集に、「日本考古学の変革と実践的精神」の副題をつけた(1)。これは、三澤章(和島誠一)の「日本考古学の発達と科学的精神(2)」の、いわゆる本歌取であり、提起したのは齋藤宏さんだったと憶う。辻内義浩さんだったかもしれない。

伊藤禎樹さんの『伊勢湾地域古代世界の形成(3)』は、藤間生大の『東アジア世界の形成』であろうか。

伊藤さんは、高校生の頃に「学校の図書館で出版されたばかりの藤間生大『日本民族の形成』に心を揺さぶられる(4)」ことがあったと書いている。

「このような問題を少くとも自覚的にとりあげたのは藤間生大氏の『東アジア世界の形成』だけではないか(5)」と評したのは石母田正であり、このような問題とは「「交通」を媒介とするこの「内」と「外」との相互関係、両者の相互転化と相互浸透の問題(6)」の、近代史と古代史とでの差異性の如何であった。

そして伊藤さんは、「政治勢力相互の戦争状態をも含む広義の交流である石母田正のいう「交通」の意義に思いをいたす(7)」とも書く。

マルクス主義歴史学の系譜がある。

  1. 岡本俊朗追悼集刊行会編『岡本俊朗遺稿追悼集 見晴台のおっちゃん奮闘記-日本考古学の変革と実践的精神-』、岡本俊朗追悼集刊行会、1985年8月2日。
  2. 三澤章「「日本考古学の発達と科学的精神」『唯物論研究』第60号、唯物論研究会、1937年10月1日、104-115頁、同「日本考古学の発達と科学的精神(二)」『唯物論研究』第62号、唯物論研究会、1937年12月1日、120-135頁。
  3. 伊藤禎樹『伊勢湾地域古代世界の形成』、株式会社アットワークス、2014年3月20日。
  4. 同「あとがきにかえて―わたしの考古学―」、同書、369頁。
  5. 石母田生「古代における「帝国主義」について―レーニンのノートから―」歴史科学協議会編『歴史評論』No.265、株式会社校倉書房、1972年8月1日、46頁。
  6. 同論文、46頁。
  7. 伊藤禎樹「はじめに」、前掲書、9頁。
2014年3月29日

『伊勢湾地域古代世界の形成』を祝す

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伊藤禎樹『伊勢湾地域古代世界の形成』、株式会社アットワークス、2014年3月20日、表紙・裏表紙。
▲ 伊藤禎樹『伊勢湾地域古代世界の形成』、株式会社アットワークス、2014年3月20日、表紙・裏表紙(部分)。

伊藤禎樹さんの著書『伊勢湾地域古代世界の形成』が20日に出版された。

掲載された論文は、発表当時にいただいた抜刷やコピーなどで接してきたものばかりだが、あらためて通読すると、伊藤さんの思想が貫徹するのを見る。近代が存在する。

そして、「あとがきにかえて―わたしの考古学―」で披露された、伊藤さんの歩みは特異である。帯の「尾張から照射する古代日本と東アジア/対峙するオワリとヤマト」に用いられた、二つの動詞が越境して言う。すなわち、伊藤さんの考古学は、職業研究者による官僚化した考古学に対峙し、堕落した現在を照射している、と。再演不可能な伊藤さんの考古学体験、その一部ではあるが、同行できたことは奇跡であり、幸運であった。

『伊勢湾地域古代世界の形成』を、心から、祝す。

〔書誌情報〕
伊勢湾地域古代世界の形成
イセワンチイキコダイセカイノケイセイ
著者名 伊藤禎樹 イトウサダキ
価格 本体3,200円+税
C-CODE 0021
ISBN 978-4-939042-95-9
サイズ A5
ページ数 404頁
発行年月日 2014年3月20日
発行所 株式会社アットワークス
http://atworx.co.jp/index.html
https://www.facebook.com/atworx2001

2014年3月9日

“尾張から照射する古代日本と東アジア”

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伊藤禎樹『伊勢湾地域古代世界の形成』(株式会社アットワークス)フライヤー(部分)
▲ 伊藤禎樹『伊勢湾地域古代世界の形成』(株式会社アットワークス)フライヤー(部分)

伊藤禎樹さんの著書『伊勢湾地域古代世界の形成』のフライヤーが、本日、版元の株式会社アットワークスから届く。乞うご購読。

2014年3月1日

予告: 伊藤禎樹『伊勢湾地域古代世界の形成』

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伊藤禎樹『濃尾地方の弥生文化の形成―地域文化の形成―』(考古学連続講座第2回)、立命館大学考古学研究会、1978年頃。
▲ 伊藤禎樹『濃尾地方の弥生文化の形成―地域文化の形成―』(考古学連続講座第2回)、立命館大学考古学研究会、1978年頃。

伊藤禎樹さんの著書『伊勢湾地域古代世界の形成』の今月下旬刊行が、版元であるアットワークスのホームページFacebookで、2月25日にリリースされた。これを受けて私も、急ぎツイートした。


地域における縄文と弥生の「闘争」を展開した、写真の書も収められている。

貝田町式土器内部にみられるこのような雑多な要素を包括していく方向が進行すれば、新しい地域文化の形成がおこなわれた筈であるが、畿内的弥生文化が後期に進入して独自な地域文化の形成は阻止され、畿内のコピー文化に堕落した高蔵式が成立する(1)

詳しくは、アットワークスのホームページ等で。
私からは、刊行後にあらためて。

  1. 伊藤禎樹『濃尾地方の弥生文化の形成―地域文化の形成―』(考古学連続講座第2回)、立命館大学考古学研究会、1978年頃、3折右頁。
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