Miscellanea

2015年11月22日

おしらせ

Posted by fische in Miscellanea

本サイト「考古学の風景」は、開設以来、ほぼ週に一回の定期更新をおこなってきましたが、先週15日分から不定期更新としています。よろしくお願いします。

2015年7月19日

野並谷1号墳 〔3〕

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野並谷1号墳は、名古屋市遺跡分布図(1)に掲載されていない。同図は滅失した遺跡も掲載しているため、同図作製までに同古墳が滅失していたことにより不掲載となったのではない。遺跡として、認知されなかったようなのである。

同図作製の担当者は、緑区の遺跡分布調査がおこなわれた1978年当時、名古屋市教育委員会職員の岡本俊朗氏であった。同氏は、名古屋市立桜台高等学校歴史クラブのメンバーであり、野並谷1号墳調査時は同クラブに所属していた。同古墳のことを知っていたはずであり、分布図に同古墳を掲載し得る立場にいた。現に、同クラブが調査し報告した「黒石須恵器窯跡(2)」は、「NN104号(黒石N–1号窯)」として分布図に掲載されている。岡本氏は、野並谷1号墳を古墳とみなしていなかったのであろうか。名古屋市教育委員会または名古屋市見晴台考古資料館に保管されているはずの遺跡台帳が、そのあたりの事情を残しているはずである。

なお私は、津田論文(3)を参照して、『新修名古屋市史』第1巻で次のように書いた。

さらに、古鳴海の谷の奥には、野並谷一号墳と名付けられた全長二五㍍ほどの小規模な前方後円墳があった。盗掘を受けていたが、粘土を埋土とする土壙が平面で確認され、調査者は粘土槨とみなしている。古鳴海の谷は、水利の点などから人間活動が成立する条件をそなえており、古墳がつくられた可能性はある(4)

野並谷1号墳の現在の場所は、名古屋市緑区梅里2丁目24−16あたりに後円部が位置するものと思われる。
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▲ 野並谷1号墳の現在地

  1. 『名古屋市遺跡分布図(緑区)』、名古屋市教育委員会、1979年3月。
  2. 津田素夫「黒石須恵器窯跡」『あゆち』創刊号、名古屋市立桜台高等学校歴史クラブ、1966年3月19日、89–90頁。
  3. 同「野並谷1号墳について」、同書、85–89頁。
  4. 犬塚康博「古墳時代」新修名古屋市史編集委員会編『新修名古屋市史』第1巻、名古屋市、1997年3月31日、431頁。
2015年6月28日

予祝「考古学の風景」開設2年

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あす29日、当サイト「考古学の風景」が開設2年を迎えます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

2015年2月1日

池田陸介先生の91歳を祝う

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1924年(大正13年)2月1日のお生まれ。

昨年は卆寿を祝っていただきありがとうございました。お陰さまで元気にラジオ体操をやり、芝の草取りと少しの庭で野菜を作っています。今年は名古屋市南区生涯学習センターと東海市市民大学で講座を持たせてもらうことになりました。いい刺激を受け、郷土史学習にお役に立てばと思っております。(2015年の年賀状より)

2015年1月12日

天白・元屋敷遺跡中世居館雑感

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天白・元屋敷遺跡中世居館の空中写真
▲ 天白・元屋敷遺跡中世居館の空中写真

1月10日の説明会で配布された資料を見ると、中世居館の周溝南辺は、東辺から直角ではなく、鈍角に曲がり、地籍図や空中写真に見えていたようすと一致する。その溝が、さらに北方へ折れ、西に折れる点も同然である。この結果は、地籍図、空中写真のようすを積極的に参照してよいことをうながしている。

これにもとづくと、中世居館の南西に注意がゆく。空中写真によると、前にも触れたように小さい区画(黄色い点線で囲った部分)が見える(1)。これについては、志段味城にあったと伝えられる、二つの曲輪のうちのひとつを想定したが(2)、その場合、資料の図に記載された左側の「出入口?」は、曲輪間のそれだったことになる。

さらに、その南にも小さい区画(緑色の点線で囲った部分)が感じられる。これの南辺は、東にある熊野神社跡の南辺(白い点線で囲った部分)の延長線上にあり、自然的あるいは人文的な何らかの関係を訴えているようである。そして、居館南辺と両者のあいだの一帯を、どう理解するかも課題になってくる。なお、北側の区画(黄色)との境界はよくわからない。

発掘調査すればわかることも多く、わかってあたりまえだが、発掘調査をしなくても、地表面で観察される事実の少なくないことに、あらためてに気づかされる。いまもむかしも、私たちの想像力が問われているのだろう。それは措いて、よく遺されてきたことに感動する。遺してきたのは、大規模ではない農業などこの地域の人びとの生業であった。

  1. 天白・元屋敷遺跡の中世居館は志段味城である〔補訂〕」http://archaeologyscape.kustos.ac/2014/12/21/
  2. 犬塚康博「天白・元屋敷遺跡考」、2頁。(新ウィンドウまたはタブで開く)
2014年6月29日

「考古学の風景」開設1年

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本サイト「考古学の風景」が開設1年を迎えました。この1年は土曜日更新を原則としてきましたが、2年目を迎えるこの6月から原則日曜日更新としています。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

2014年5月24日

再び、池田陸介先生の卒寿を祝す

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櫻井隆司先生と談笑する池田陸介先生
▲ 櫻井隆司先生と談笑する池田陸介先生

きょう、1年ぶりに、池田陸介先生とお目にかかりました。

1971年、第9次見晴台遺跡発掘調査以来、43年にわたるご交誼に心から御礼申し上げます。

あらためて、先生の卒寿をお祝い申し上げ、さらなるご長寿を祈念します。

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