「歴史の里」所感

古墳は、千数百年の時間をこえて今日まで伝えられてきた。多くが失われたなか、現前するそれは奇跡である。その古墳を、百年、千年と伝えてゆく義務を私たちは負っている。文化財保護は、そのために整えられた近代の思想と実践である。

「歴史の里」計画は、百年、千年と上志段味の古墳を伝えてゆくことができるだろうか。この義務の遂行に耐えうる制度設計であろうか。地球上の、長い歴史をもつ公園は、人工物であふれることはない。無論のこと刹那的でない。いまの「歴史の里」計画は、実現されてもじきに廃れるであろう。上志段味の町の品格をも損なうだろう。

現前する上志段味の古墳が、千数百年にわたって遺されてきた、それを擁する社会の仕組みは分析されたか。その仕組みに沿って、「歴史の里」は構想されるべきである。それと無縁に、上志段味の古墳を、流行病のごとく処してはならない。「動きすぎてはいけない」。

私たちは、人類史、自然史の理(ことわり)に即して、上志段味の古墳を保存し活用しなければならない。名古屋市教育委員会の猛省と再考を求める。

参考: 「古墳発掘体験」に反対する

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