10年前、天白・元屋敷遺跡で

10年前、天白・元屋敷遺跡で

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コクヨ配送センター方面を見る。

10年前のきょう2009年1月22日、天白・元屋敷遺跡で見た景色。

写真に見える、立入禁止の看板とトラサクの列は、前年暮れに強行された野田農場破壊後の、破壊区域と農場とを画すもの。遠く野添川堤防そばには、破壊されたU字溝のコンクリート塊が列をなして置かれている。

このとき、天白・元屋敷遺跡はまだ旧状を保っているが、翌2010年から翌々2011年にかけて、名古屋まちづくり公社がおこなった広域の造成工事により大規模に破壊されてしまう。

この造成工事は、文化財保護法ならびに土地区画整理法に定められた手続きが必要であったにもかかわらず、これをせずにおこなわれた、正真正銘の「不法造成」(中日新聞、2014年10月20日)であった。

思えば、この写真を撮影した約1ヶ月前の2008年12月18日に勃発した、名古屋都市整備公社(名古屋まちづくり公社の前身)と名古屋市中志段味特定土地区画整理組合による野田農場破壊は、2010年以降の天白・元屋敷遺跡破壊の予兆だったのかもしれない。

撮影地:名古屋市守山区中志段味沢田(野田農場)、撮影者:犬塚康博

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湿ケ遺跡破壊!

以下、急ぎ引用転載。詳しくはあらためて。

2014年11月20日 20時50分

新たな無届け工事が判明 名古屋・守山区の遺跡で

名古屋市守山区の天白元屋敷遺跡内で市の外郭団体「名古屋まちづくり公社」が無届けで土地を造成し、大量の土器を破壊した問題で、古墳―室町時代の土器や陶器が出土している近くの湿ケ(しけ)遺跡(同区中志段味)内でも、無届けで工事をしていたことが新たに分かった。公社が20日に会見し、謝罪した。

公社は、土地区画整理事業を行っている湿ケ遺跡内で2007年以降、排水路や道路整備のために計8カ所で地面を1~2メートルほど掘削。その際、文化財保護法で義務付けられている市教委への事前の届け出を怠っていた。

担当者が届け出が不要と思い込んだことなどが原因。既に現場のほとんどは道路舗装などを終えており、文化財の有無や破壊されたかどうかも確認できない。

無届け工事をめぐっては、天白元屋敷遺跡の不法造成が10月に本紙の報道で発覚。公社が志段味地区全体で過去の状況を調べたところ、今回の無届け工事が判明した。

(中日新聞)

それにしても、上志段味の古墳調査に往き来した名古屋市教育委員会の職員は、県道志段味田代町線を通行しなかったのだろうか。それならば、7年間であろうと、何年であろうと、気づかないことはあるかもしれない。

しかし通っていたのなら、遺跡範囲を通過しながら、あちこちでおこなわれる工事に気づかなかったのだろうか。目先の職務は果たしても、文化財保護法の精神から来した物質であるところのおのれの根拠に、一度として立ち返ることはなかったのか。

破壊事件の根源は名古屋市教育委員会にあり、と言わざるを得ない。文化財保護後進都市名古屋。


▲ 「名古屋市遺跡分布図(守山区)」、名古屋市教育委員会、1985年3月、表面(部分) 〔1-65下寺林古墳(寺林2号墳)、1-66上寺林古墳(寺林1号墳)、1-67志段味城跡、1-68天白元屋敷遺跡、1-69湿ケ遺跡〕

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名古屋・中志段味の文化的ジェノサイド

9月22日、「計画提案に係る都市計画の素案の閲覧(地区計画(中志段味地区計画))(1)」がネットアップされた。これと同時に、当該地区で本件印刷物の各戸配布もはじまったようである(2)

素案は、「計画書」(6頁)、「総括図」(1頁)、「計画図」(1頁)(図1(3)参照)、「理由書」(2頁)から成り立っていて、「計画書」と「理由書」がテキスト、その他がイメージである。逐一の紹介は省くが、文化財保護の立場から結論を先取りすると、その特徴は「天白・元屋敷遺跡の抹消」にある、と言うことができる。

「計画書」は、次のように結語、自画自讃する。

以上のように、本提案の内容は、中志段味地区の生活圏の拠点の核となり、にぎわいの創出につながる計画であり、建築物等に関する必要な制限を一体的に講じることにより、周辺へ配慮した良好な都市環境の形成が図られたものであり、さらに防災等の多様な地域課題に対して取り組む計画であることから、都市環境の整備と良好な地域社会の形成に寄与しつつ都市機能の増進が図られることから、本計画は妥当であると考える(4)

典型的な役人-官僚の文書である。住宅都市局あたりによる作文であろう。それはさて措き、「生活圏の拠点の核」「にぎわいの創出」「建築物等に関する必要な制限」「周辺へ配慮」「防災等の多様な地域課題に対して取り組む」が、素案で繰り返し唱えられるキイワードである。このうち「周辺へ配慮」が、文化財保護の立場に関係する。

理由書は、次のように「周辺」を定義している。

本提案区域の周辺には農地があり、西側には守山高校、東側には住宅団地、南側には諏訪神社が位置している。また本提案区域の南側に流れている「才井戸流」と呼ばれる小川には、夏にホタルが見られる他、希少な動植物が生息している(5)

最初に、この文章のトリックを観ておく。西・東・南がありながら、北のないことに気づく。北側には何があるか。野田農場がある。つまり、「本提案区域の周辺には農地があり」とは、北側の野田農場のことであった。現在、野田農場以外に営農する農地は存在しない。にもかかわらず、「本提案区域の周辺には農地があり」という曖昧な表現で野田農場を隠蔽するところに、素案のトリックが存在する。

本題に入ろう。北側にあるのは、野田農場だけではない。天白・元屋敷遺跡がある(図2(6)参照)。野田農場からその西側にかけて、この遺跡の北半分が広がっている。素案は、「周辺」概念において、野田農場だけでなく、天白・元屋敷遺跡には一言も触れず隠蔽するのである。才井戸流の──1980年代以降人工放流されたホタルの末裔は論外だが──「希少な動植物」が言い立てられるのであれば、天白・元屋敷遺跡の稀少性はそれ以上に注意、揚言されなければならない。この不当な扱いは、「天白・元屋敷遺跡の抹消」を意味する。すなわち「文化的・宗教的な集団の文化的・宗教的・歴史的な存在等の全部または一部を破壊する意図をもって、1つの文化的・宗教的集団の構成員または文化的・宗教的・歴史的な資産に対して行われる行為(7)」、文化的ジェノサイドである。

素案の提案者である名古屋市中志段味特定土地区画整理組合が、天白・元屋敷遺跡を知らないはずはない。十二分に知っている。過去、同遺跡発掘調査の原因者であったし、2010-2011年には同遺跡の大規模破壊を実施し、名古屋市教育委員会から叱責を受け、始末書を提出する事件も起こしている。文化財保護のコンプライアンス欠如甚だしいその様子からは、素案に天白・元屋敷遺跡を記載しないのもうなずける。しかしそれは、無法者の暴挙以外のなにものでもない。

ひょっとして、2010-2011年の破壊は、調査費用負担を逃れるための計画的なものだったのだろうか。名古屋市当局の後ろ盾も考えられる。それはそうだろう。天白・元屋敷遺跡を抹消した素案を受理する名古屋市である。教育委員会への始末書提出は、予定された茶番劇だったのかもしれない。現実は、そのように思わせるに足るものがある。

閑話休題。天白・元屋敷遺跡は南半分を破壊されたが、北半分は遺存している。国民の共有財産である遺跡の保護・活用をめざすのは、文化財保護法の精神からして当然である。素案はこれを明記し、行政はそれを指導しなければならない。それをせずに、天白・元屋敷遺跡の北半分をも破壊し尽くすつもりであるならば、ユニー株式会社、名古屋市中志段味特定土地区画整理組合、名古屋市当局による文化的ジェノサイドに、私は心の底から反対する。

「計画図」
▲ 図1 「計画図」(クリックで拡大)

「計画図」と「名古屋市遺跡分布図(守山区)」の合成図
▲ 図2 「計画図」と「名古屋市遺跡分布図(守山区)」の合成図(クリックで拡大)

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▲ 図3 「名古屋市遺跡分布図(守山区)」、名古屋市教育委員会、1985年3月、表面(部分) 〔1-65下寺林古墳(寺山2号墳)、1-66上寺林古墳(寺山1号墳)、1-67志段味城跡、1-68天白元屋敷遺跡、1-69湿ケ遺跡〕

  1. 住宅都市局都市計画部都市計画課総括係作成担当「名古屋市:計画提案に係る都市計画の素案の閲覧(地区計画(中志段味地区計画))(事業向け情報)」、2014年9月22日、http://www.city.nagoya.jp/jutakutoshi/page/0000063205.html、(2014年9月22日)。
  2. 野田留美「都市計画提案に関するお知らせ。 について」『愛知県議会議員 野田るみホームページ ブログ』、2014年9月22日、http://www.nodarumi.com/mailbbs.php、(2014年9月22日)、同「都市計画提案について、の続き。」同前。
  3. 「計画図」住宅都市局都市計画部都市計画課総括係(作成担当)、前掲書、http://www.city.nagoya.jp/jutakutoshi/cmsfiles/contents/0000063/63205/keikakuzu.pdf、(2014年9月22日)。
  4. 「計画書」、同書、http://www.city.nagoya.jp/jutakutoshi/cmsfiles/contents/0000063/63205/keikakusyo.pdf、(2014年9月22日)。
  5. 「理由書」、同書、http://www.city.nagoya.jp/jutakutoshi/cmsfiles/contents/0000063/63205/riyuusyo.pdf、(2014年9月22日)。
  6. 「計画図」、前掲書、と「名古屋市遺跡分布図(守山区)」、名古屋市教育委員会、1985年3月、表面(部分)、を合成して作成。
  7. 「ジェノサイド – Wikipedia」http://tinyurl.com/mracp6k、(2014年9月22日)。
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