古墳、サブカル、ポピュリズム

『馬越長火塚古墳群と穂の国の古墳』と『歴史の里/志段味古墳群』。
▲ 『馬越長火塚古墳群と穂の国の古墳』と『歴史の里/志段味古墳群』。

左は、過日引用した『馬越長火塚古墳群と穂の国の古墳(1)』。右も、先月発行されたばかりの『歴史の里/志段味古墳群(2)』。本文縦組み/横組みの違いはあるが、A5判、16頁、ホチキス中綴じ、オールカラーが共通する。対象が古墳であること、キャラクターを用いる点も同然である。

一時期アートマネジメントが流行し、その後どうなったか知らないが、なるほど、ふたつのパンフレット相似の背景に、古墳マネジメントのようなものの存在を強く感じる。それには、考古学の方法論のひとつ形態学的想像力を動員するまでもない。古墳の「保護活用」と言うよりは、マーケチング、マネジメント等々商売であり、グローバリゼーションと封建制の結合の産物と言える。

形式は無論のこと、内容もステレオタイプの物語であり、ここには構造しかない。古墳のサブカルチャー化である。

「いま、古墳はブームである」と唱えて、古墳をもてあそぶ宗教じみた騒ぎがある。それは、自然発生的にブーム化しているのではない。行政とその外郭による仕掛けに、人々がかかり(かかったふりをし)、動員されている(されたふりをしている)にすぎない。行政と外郭の自走化、保身化、持続化のための、ポピュリズム、トンデモである。

このサブカルチャー(さらにはポップカルチャー)の、決してカウンターカルチャーでないところが味噌である。サブカル古墳は、生権力のための官製ツールなのだ。

これは考古学ではない。博物館(収集保管、調査研究、公開教育)でもない。

  1. 豊橋市文化財センター編『馬越長火塚古墳群と穂の国の古墳』、豊橋市文化財センター、2014年3月16日。
  2. 『歴史の里/志段味古墳群 』、名古屋市教育委員会文化財保護室、2014年3月。
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「歴史の里」所感

古墳は、千数百年の時間をこえて今日まで伝えられてきた。多くが失われたなか、現前するそれは奇跡である。その古墳を、百年、千年と伝えてゆく義務を私たちは負っている。文化財保護は、そのために整えられた近代の思想と実践である。

「歴史の里」計画は、百年、千年と上志段味の古墳を伝えてゆくことができるだろうか。この義務の遂行に耐えうる制度設計であろうか。地球上の、長い歴史をもつ公園は、人工物であふれることはない。無論のこと刹那的でない。いまの「歴史の里」計画は、実現されてもじきに廃れるであろう。上志段味の町の品格をも損なうだろう。

現前する上志段味の古墳が、千数百年にわたって遺されてきた、それを擁する社会の仕組みは分析されたか。その仕組みに沿って、「歴史の里」は構想されるべきである。それと無縁に、上志段味の古墳を、流行病のごとく処してはならない。「動きすぎてはいけない」。

私たちは、人類史、自然史の理(ことわり)に即して、上志段味の古墳を保存し活用しなければならない。名古屋市教育委員会の猛省と再考を求める。

参考: 「古墳発掘体験」に反対する

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