〔ご案内〕講演「天白・元屋敷遺跡の考古地理学と「志段味城」」

天白・元屋敷遺跡周辺図
▲ 天白・元屋敷遺跡周辺図

次の催しでしゃべります。よろしければどうぞ。

志段味の自然と歴史に親しむ会11月例会

テーマ 天白・元屋敷遺跡の考古地理学と「志段味城」

講師 犬塚康博(志段味の自然と歴史に親しむ会世話人)

日時 11月25日(土)午後2時~4時

会場 名古屋市守山生涯学習センター視聴覚室

要旨 3月に開催した天白・元屋敷遺跡の第3回シンポジウムで、講師はコメンテーターをつとめましたが、時間の関係で用意したことのすべてをお話しできませんでした。そこで、発表できなかった中世の部分、そして発表した古代の部分もふくめ、あらためてじっくりとお話しします。

Share

〔ご案内〕講演「上志段味の古墳群を考える」

瀬戸市東谷山山頂遺跡(1983年4月)
▲ 瀬戸市東谷山山頂遺跡(1983年4月)

次の催しでしゃべります。よろしければどうぞ。

見晴台考古資料館友の会セミナ・志段味の自然と歴史に親しむ会10月例会

テーマ 「上志段味の古墳群を考える」

講師 犬塚康博(志段味の自然と歴史に親しむ会世話人)

日時 10月1日(土)午後2時~4時

会場 名古屋市守山生涯学習センター視聴覚室

要旨 名古屋市守山区上志段味では、古墳時代を通して造墓がおこなわれました。前期の大型前方後円墳を含むことから、その地域(ローカリティ)の造墓だけではない、広域(トータリティ)を背景とした造墓がおこなわれていたのではないかとして世の人の関心をひき、旧藩領程度の「国」つまり「尾張」が幻想されてもきました。

上志段味におけるローカリティとトータリティの二つの項目に関しては、これまでに、(1)二系列として、(2)トータリティにローカリティが従属する関係として、(3)トータリティ一辺倒として、理解されてきています。

今回は、一つに内在するローカリティとトータリティの二項の矛盾の運動として、この地域の古墳時代史を構造的にとらえかえしてみました。これに際して、「墓域」に注目して、方法的に東谷山山峰と東谷山西麓段丘とに分かち、それぞれの造墓集団をしてトータリティ、ローカリティがいかに表象せしめられていったかを追跡しています。その結果、ローカリティとトータリティは複雑に盛衰し、トータリティにおいて上志段味が後景化してゆく理路の一端を知ることができたことなどをお話します。

なお、このテーマ「上志段味の古墳群を考える」は、去年10月例会「長谷川佳隆氏と歴史の里」の続編になります。また、瀬戸市東谷山山頂遺跡の後期弥生土器片の紹介をします。

参考 http://shitashimu.shidami.nagoya/images/20161001.pdf

保存

Share

「長谷川佳隆氏と歴史の里」

志段味の自然と歴史に親しむ会の10月例会で、「長谷川佳隆氏と歴史の里」と題してお話します。

今月末に刊行される予定の『千葉大学人文社会科学研究』第31号に投稿した論文、「遺跡と人の交通誌―名古屋市守山区大塚・大久手古墳群」の一部に基づいてお話します。論文を書いている途中で気づき、あらためて書き起こそうと思ったことのあらましも、お話しする予定です。

どうぞよろしくお願いします。

戦前、志段味村の村長を二度務めた長谷川佳隆氏は、上志段味在住の郷土史家でした。志段味村や高蔵寺町などの遺跡を調査し、所蔵品は、現在の京都国立博物館に長く預けられてもいました。上志段味の古墳をたずねる人は、必ず長谷川氏をおとずれて、説明を聞き、案内を請いました。この地域の古墳時代の社会に関する長谷川氏の所論は、ただいまの歴史の里が喧伝する理論と同型であるだけでなく、歴史の里を超越する構造をもっています。例会では、このことをおはなししたいと思います。

Share