「名古屋市における埋蔵文化財発掘調査体制の委託「合理化」に反対する闘いについて」

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▲ 「名古屋市における埋蔵文化財発掘調査体制の委託「合理化」に反対する闘いについて」(新ウィンドウまたはタブで開く

名古屋市に埋蔵文化財センターをつくる計画が、1986年度予算要求で提起されたのは、いまから30年前、1985年秋のこと。埋蔵文化財の調査体制を、直営から第三セクター方式に変えるこの計画は、費用の原因者負担が拡大すること、調査の責任があいまいになること、職員の労働条件の悪化など、問題をはらむものであった、反対運動がおこなわれ、計画は撤回された。

1986年、その成果を全国の関係者に紹介するために、「名古屋市における埋蔵文化財発掘調査体制の委託「合理化」に反対する闘いについて」と題する原稿を用意し、『考古学研究』誌に投稿した。考古学研究会編集委員会とのやりとりがあったのち、掲載にはいたらなかった。

その未発表原稿を、数回にわたり連載する。筆者は、「志段味の自然と文化財を考える連絡会(準備会)」で、志段味の自然と歴史に親しむ会、名古屋歴史科学研究会、愛知県歴史教育者協議会、文化財保存全国協議会、自治労名古屋市職員労働組合教育委員会事務局支部の5団体で構成されている。犬塚が草稿をなし、全体の協議に付した結果のものである。

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「天白・元屋敷遺跡の未来」

発掘調査が終了し、発掘会社も撤収した翌日の7月2日(木)、天白・元屋敷遺跡の破壊がはじまりました。保存と活用を求める声を無視して、丁寧に丁寧に検出されてきた、中世城館や古代大溝、古代の住居跡群など貴重な遺構がどんどん壊されてゆきます。言葉を失います。

過日、「志段味の遺跡をたずねて」と題して講演することがありました。その際、「天白・元屋敷遺跡の未来」と立項して、私たちが目の当たりにする遺跡破壊とは何なのかについて触れました。その部分の講演原稿を、以下に再録します。

天白・元屋敷遺跡のお話をしてまいりました。最初に申し上げましたように、この遺跡は区画整理のまっただなかにあります。地盤改良で不法に壊されました。そしていまおこなわれている発掘調査は、調整池をつくるための調査です。つまり、調査が済めば、また根こそぎ破壊されてしまうわけです。遺跡のすべてが失われるわけではありませんが、主要な遺構、つまり中世城館や大溝はなくなってしまいます。これをどうにかして守りたいと思いますが、市も教育委員会も区画整理組合も、公社もまったく熱心ではありません。

私たちは、つい最近、イスラム国、イスラミクステートが博物館の陳列品や遺跡を破壊するのをニュースで見聞きしました。少し前、2001年には、タリバンがバーミヤンの石仏を破壊したニュースに接しました。わたしたち日本人も。これと何ら変わらないことを、日々おこなっているのかもしれないと思えてきます。わが国の、わが民族の、貴重な歴史遺産を、この手で破壊しているわけです。

日本人は、彼らのことをあれこれ言える立場にないでしょう。イスラミクステートやタリバンは、イスラムの信仰を背景としていました。明治維新のときの廃仏毀釈も、政治体制の変化に反応した、神道と仏教という宗教にかかわる動きでした。現在のわが国の遺跡破壊は、信仰ではなく、ただ単に金儲け、拝金です。遺跡の未来は、暗黒と言わざるをえません。そう言えば、金儲けのために戦争をしようという動きもただいま急です。しかし、遺跡の保護、文化財と人のコミュニケーションの幸福なあるべきすがたは、平和な世界のなかにしかあり得ません。イスラミクステートもタリバンも戦時下です。明治維新は内戦状態でした。いまは、復元だ木造再建だとにぎやかな名古屋城ですが、天守閣も御殿も、日米のおろかな戦争指導者とそれを支えた両国民のせいで、失われてしまったことを忘れてはならないと思います。でなければ、きっと繰りかえすでしょう。

長くなりました。以上です。ご静聴、ありがとうございました(1)

  1. 「志段味の遺跡をたずねて」の「6.天白・元屋敷遺跡の未来」講演原稿。2015年6月10日。
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