見晴台学園

池田陸介先生の著書の著者紹介には、「退職後、南社教センター、見晴台考古資料館、見晴台学園、豊田高専(1)」として、先生の活動の場が列記されている。過日池田先生とお会いしたとき、そのうちの「見晴台学園」(http://www.miharashidai.com/)に話題がおよんだ。

同学園設立前後、関係の方たちが池田先生を見晴台考古資料館にたずねて来られたという。相談を受けた池田先生は、以後同学園に深く関わってゆく。南区で誕生した同学園は、見晴台の名を冠するのであった。

見晴台の理性は、考古学にとどまることなく、自由に拡張していった。小原博樹が、岡本俊朗が、そうであったように―。大衆の考古学の精神は、物質化していったのである。

北海道家庭学校(http://kateigakko.org/)の第5代校長をつとめた谷昌恒を想起しよう。東大地質の教員の将来を嘱望されながら、終戦直後の戦災孤児に打たれ、それまでの専門を離れて社会福祉へと進んだその人、その精神、その物質を。

一昨年か一昨々年、大須通を西へ向かい、黄金跨線橋をくぐってさらに行ったとき、見晴台学園と書かれた建物に出くわすことがあった。「ああ、ここなのか・・・」。中川区にある見晴台学園は、いまもなお、「見晴台」と有縁なのだ。

  1. 「Amazon.co.jp: あゆち風土記: 池田 陸介: 本」http://www.amazon.co.jp/%E3%81%82%E3%82%86%E3%81%A1%E9%A2%A8%E5%9C%9F%E8%A8%98-%E6%B1%A0%E7%94%B0-%E9%99%B8%E4%BB%8B/dp/4885193524、2014年5月28日
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再び、池田陸介先生の卒寿を祝す

櫻井隆司先生と談笑する池田陸介先生
▲ 櫻井隆司先生と談笑する池田陸介先生

きょう、1年ぶりに、池田陸介先生とお目にかかりました。

1971年、第9次見晴台遺跡発掘調査以来、43年にわたるご交誼に心から御礼申し上げます。

あらためて、先生の卒寿をお祝い申し上げ、さらなるご長寿を祈念します。

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池田陸介先生卒寿を祝う

「10・20名古屋の埋蔵文化財保護行政を考える学習交流の集い」で発言中の池田陸介先生(立つ人)。1985年。
▲ 「10・20名古屋の埋蔵文化財保護行政を考える学習交流の集い」で発言中の池田陸介先生(立つ人)。1985年。

1924年(大正13年)2月1日のお生まれ。

はじめてお目にかかったのは、1971年の第9次見晴台遺跡発掘調査。10次か11次のときには、発掘調査現場のテントでガリ切りの裏技-蝋原紙の扱い方を教わる。その後、「ある考古学研究者批判をするために」早期退職されたのは刺激的であった。書くことは多い。追って本サイトにて。

一層のご健康とご活躍を。

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