2015年8月

2015年8月30日

30年めの8月、32年めの8月

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見晴台遺跡の赤松啓介氏 1985年8月4日
▲ 見晴台遺跡の赤松啓介氏 1985年8月4日

見晴台遺跡の赤松啓介氏 1985年8月4日
▲ 見晴台遺跡の赤松啓介氏 1985年8月4日

見晴台遺跡の赤松啓介氏 1985年8月4日
▲ 見晴台遺跡の赤松啓介氏 1985年8月4日

(承前)そして、赤松啓介氏がはじめて見晴台遺跡に立たれた8月から、30年である。

1985年8月3日(土)夕方、名古屋市千種区の王山会館(現在のルブラ王山)で、『岡本俊朗遺稿追悼集 見晴台のおっちゃん奮闘記―日本考古学の変革と実践的精神―』の「出版記念大パーティー」が開催された。大阪からの参加者の自動車に同乗して、神戸から赤松氏が駆けつけられた。翌4日(日)は、午前中に見晴台遺跡第24次発掘調査と考古資料館の見学、ならびに映画「遺跡を掘る」を鑑賞し、午後、八事霊園で墓参した。

それから30年めの8月、岡本さんが逝ってから32年めの8月が、過ぎる。

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2015年8月23日

『見晴台のおっちゃん奮闘記』刊行30年を記念する

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この8月は、『岡本俊朗遺稿追悼集 見晴台のおっちゃん奮闘記―日本考古学の変革と実践的精神―』刊行30年。

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2015年8月16日

塚本古墳(2)

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塚本古墳
▲ 塚本古墳 北西から見る
塚本古墳
▲ 塚本古墳 北から見る
塚本古墳
▲ 塚本古墳 北北東から見る
塚本古墳
▲ 塚本古墳 東北東から見る
塚本古墳
▲ 塚本古墳 東から見る
塚本古墳
▲ 塚本古墳 南東から見る

上志段味山ノ田にあった塚本古墳の発掘調査報告書には、調査より前の古墳の写真がない。「1 調査前(北から)(1)」というキャプションをもつ写真があるが、これも、すでに古墳に手が加わったようすを呈している。工事中に発見されるまで、名古屋市教育委員会の認識にのぼっていなかったのであろう。

ここに、塚本古墳の外観写真がある。撮影年月日は、現在見出し得ていないが、1983年8月以降の1980年代前半であることは確かである。塚本古墳の残存墳丘を、北西から東側を半円弧を描くようにして南東へ移動し、撮影している。古墳の可能性を察知しておこなわれた撮影である。なお、耕作地に入らず、畦道を移動しているため、すべての方向から撮ってはいない。撮影者は犬塚。同行者は深田虎太郎氏。

  1. 名古屋市見晴台考古資料館編『塚本古墳』(名古屋市文化財調査報告81、埋蔵文化財調査報告書64)、名古屋市教育委員会、2011年3月28日、図版3。
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2015年8月9日

追悼 戸坂潤獄死70年

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「一九三八年二月十二日、唯物論研究会はいよいよ解散になった」と、戸坂潤は書き始める。同会の雑誌『唯物論研究』は『学芸』と解題され継続するが、戸坂らが治安維持法で検挙され同年のうちに終刊。戸坂は1945年8月9日に獄死する。

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2015年8月2日

岡本俊朗三十三回忌

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岡本俊朗さんが逝って32年。

『中日新聞』、1983年8月2日
▲ 『中日新聞』、1983年8月2日
『朝日新聞』、1983年8月2日夕刊
▲ 『朝日新聞』、1983年8月2日夕刊
『中部讀賣新聞』、1983年8月2日朝刊
▲ 『中部讀賣新聞』、1983年8月2日朝刊

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