2014年8月

2014年8月31日

八月の思ひいで

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2014年8月24日

与えられる / 取り上げられる

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志段味大塚古墳 2014年8月19日
▲ 志段味大塚古墳 2014年8月19日

天白・元屋敷遺跡 2014年8月19日
▲ 天白・元屋敷遺跡 2014年8月19日

立秋、蒙霧升降の候、志段味大塚古墳の発掘調査現場と、天白・元屋敷遺跡の発掘調査現場とを見る。かたや、公有地化され見世物となる古墳。こなた、宅地やユニー用地のために掘り尽くされ消滅する遺跡。志段味大塚古墳は虚飾(「尾張氏」「倭王権」・・・)されてますます富み、天白・元屋敷遺跡はすべて奪われて貧する。

おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう(1)

For whosoever hath, to him shall be given, and he shall have abundance: but whosoever hath not, from him shall be taken away even that which he hath(2).

国-名古屋市教育委員会は、かたや近代の生権力として、こなた近代以前の権力として現前する。すなわちこれ、ダブルスタンダード哉。二枚舌哉。自家撞着哉。

  1. 『新約聖書』「マタイによる福音書」第13章
  2. New Testament; The Gospel According to St. Matthew
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2014年8月17日

蛸畑遺跡〔5〕

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蛸畑貝塚
緑区鳴海町蛸畑
『尾張志』などに、鳴海宿の東北三十丁、蛸畑の地は海岸から三十丁も遠く距つのに、海の貝殻を出すことがしるされていて、貝塚の存在を暗示する記事が見える。
現在のどこに当たるかが長年の問題であつたが。結局蛸畑の地名が古来細根の西をさすことが、正徳五年(一七一五)九月の『見取り新田畑たこ畑・ほそね・おく新田小作帳』(家蔵)の存在によつて知られ、現在もその字名で呼ばれているし、相原から川を渡つて細根へ通ずる道路の、水田から台地の畑にかかる西側の台地縁に、ハマグリ・カキ・アサリ・シジミを出すことを実見し得たので、『尾張志』等の記載は、鳴海からの方角、実は南東なのを誤つて記載したものと判断してよかろう。(吉田(1)

前回の「蛸畑」に新しい情報が加わっている。この間に吉田は、「見取り新田畑たこ畑・ほそね・おく新田小作帳」を入手し、現地踏査をおこなった。その詳細は、「緑区鳴海町蛸畑遺跡の位置(2)」に発表されている。上記は、その結果のダイジェストである。

  1. 吉田富夫「蛸畑貝塚」尾崎久弥・佐々木隆美・城戸久・市橋鐸・坪井忠彦・伊藤亮三・吉田富夫・芥子川律治・藤井制心・高木栄一郎・岡本柳英・小島広次・林董一・水野時二・桜井龍一『名古屋の史跡と文化財』、名古屋市教育委員会、1970年3月1日、18-19頁。
  2. 吉田富夫「緑区鳴海町蛸畑遺跡の位置」『名古屋考古学会会報』11号、名古屋考古学会、1969年6月1日、8頁。
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2014年8月10日

伊藤禎樹『伊勢湾地域古代世界の形成』刊行記念講演会、終会

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伊藤禎樹『伊勢湾地域古代世界の形成』刊行記念講演会
▲ 伊藤禎樹『伊勢湾地域古代世界の形成』刊行記念講演会

本日、伊藤禎樹『伊勢湾地域古代世界の形成』刊行記念講演会が開催されました。台風11号による風雨激しいなかにもかかわらず、多数の方が来場され、盛会の裡に終わりました。

ところで、この同じ日、この濃尾平野就中名古屋市内で、考古学の集会がもう一つおこなわれていたはずです。そして、40年前の11月にも、二つの集会がおこなわれていました。その一方に私たちは居ました。往時といま、集会の直接の主旨は異なりますが、関係の構造が通底するのを、期せずして伊藤さんと小林さんのお話に垣間見ることになりました。詳細は追って報告したいと思います。

この同じ日、この濃尾平野での二つの考古学の集会のそれぞれの前途は、明らかです。一つの集会=「協会」は、歴史の流れと人民大衆に背を向けている以上、必ずぶっつぶれるだろう。もう一つの集会が、人民大衆の固い団結を築きあげようとしながら、「真の人民大衆による人民大衆のための考古学を!」「地域史としての大衆的な考古学を創造しよう!」という熱い討論を創りだすなら、その未来を保証されて……。(呼びかけより(1)

  1. 「地域史としての大衆的考古学を創造する交流集会」『プロレタリア考古』第15号、「プロレタリア考古」編集局、1974年11月1日。1面(広告)。
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2014年8月3日

岡本俊朗忌

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岡本俊朗が逝ってきのうで31年。

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