2013年9月21日

小原博樹の独占資本主義考古学批判

Posted by fische in History, Theory

小原博樹の旧蔵書『考古学の方法』の見返しに、小原の筆跡の書き込みがある。小原の著述なのか、他人の著作物の写しなのか不明だが、小原の考古学批判が奈辺にあったのかを知ることができる。

現在、学問や研究は、それを担っている教授個々人の主観的意図とは別に、その総体としての成果は独占資本の私有物としてある。学問の成果が人民に還元されるといっても、現在の資本主義的生産関係を媒介にしている以上、それは独占資本の財産を増すことを通じ、かつまた労働者に対する合理化や商品の洪水を通じてしかでない。
ただ研究者をかりたてるのは、彼らのもつ小所有者意識であり、自己の論文があたかも自己の私有財産であるかのように蓄積され、そのことにより学界での地位や社会的地位が確立してゆくというそのことである。
そのためには、本来なら認識はトータルなものとしてあるにもかかわらず、およそ普遍性を欠き、細分化された領域の中へ、馬車馬のように自らを閉じ込めて成果をあげんとしている。研究至上主義なるものも「何はともあれ研究第1」という形で、体制に対する批判も、学問の位置も目的も見失わせるものでしかない。同時にそれは一皮むけば現世的利害関係によって支えられている。

※自己否定と変革
個別改良
闘争の否定

ステレオタイプで聞き飽きた感がする。だが、正しい。

さらにしかし、正しさだけで万事オーライとはゆかぬもの。状況は、その正しさの前で我関せず焉とステレオタイプにあり続け、正しさもまたステレオタイプにあり続ける。

両者安定のもと世人能く生きる哉。プリミティブだったりナイーブだったり。

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